冬眠熊

 
どこかにある とってものどかな「ぽかぽか山」の奥深くに 一匹の熊が暮らしていました。
この熊はたいそううっかりもので、元々隣り合う「ぐらぐら山」で家族なかよく暮らしていたはずが、
先の春 ひとりでひなたぼっこにきたぽかぽか山から帰る道がわからなくなり それ以来居ついてしまったのです。
ぽかぽか山には 体の小さな動物しか暮らしていなかったので、熊は他の生き物からやたらに恐れられ
(じっさいの熊はとてものんびりやで 心優しい性格をしていたのですが)誰も近づくものはいませんでした。
そんな折、ぽかぽか山にもいよいよ冬が近づいていました。ぽかぽか山とはいえ、冬は雪がしんしんと降りつもり 動物たちは眠りにつき あたりはいちめんの銀世界となります。
しかし、熊は先述のとおり たいそうなうっかりものだったので、
ついに雪が降り出すその日まで、日がなミミズやカブトムシや山ブドウなんかをもぐもぐ食べながら、
地べたに座って形のよいドングリを横一列に並べているだけで、冬眠の準備なんかなにひとつしていなかったのです。
「こまったなあ」
熊はとてもあわてているとは思えない緩慢な動きで、もう五十日も据えたままだった腰を上げました。
とにかく 雪がすっかりつもってしまう前に 冬眠するためのあたたかくてくらいところを見つけなければいけないのです。
 
熊は やわらかな地面を掘って巣穴をつくろう と思い、鋭いつめのついた大きな手で地面をひとかき
すると 地面の中から ギャー! という声が…
熊が驚いて手を止めると、鼻先から血を流したモグラが地面から顔を出しました。
「ふざけるな このウスノロ どうしてくれる」
熊は たいへん悪いことをしてしまった と思い、
せいしんせいい 地面に額をつけ モグラに謝りました
「ごめんね」
モグラは ふん! と器用に傷ついた鼻を鳴らしながら、また地面に潜ってしまいました。
「ここはだめみたい」
 
次に熊は かたい土砂の斜面を掘って巣穴をつくろう と思い、鋭いつめのついた大きな手で山肌をひとさらい
すると 土砂の中から ギャー! という声が…
熊が驚いて手を止めると、しっぽから血を流したアナグマが土砂から飛び出しました。
「ふざけるな このウスノロ  どうしてくれる」
熊は たいへん悪いことをしてしまった と思い、
せいしんせいい 地面に額をつけ アナグマに謝りました
「ごめんね」
アナグマ は ふん! と傷ついたしっぽを振り回しながら、また土砂に姿を隠してしまいました。
「ここもだめみたい」
 
次に熊は しっかりした木の幹に巣穴をつくろう と思い、鋭いつめのついた大きな手で木の幹をひとおし
すると 木の上から ギャー! という声が…
熊が驚いて手を止めると、脳震盪を起こしたキツツキが木から落ちてきました。
「ふざけるな このウスノロ どうしてくれる」
熊は たいへん悪いことをしてしまった と思い、
せいしんせいい 地面に額をつけ キツツキに謝りました
「ごめんね」
キツツキ は ふん! とくらくらの頭を振り回しながら、木の上に飛び戻ってしまいました。
「ここもだめみたい」
 
うっかりものの熊には もうほかの場所が思いつきません。
どんぐり広場でひとり途方に暮れていると、いよいよ雪のいきおいは強くなり…
熊は 寒くて寒くて ついにそこにうずくまり 一歩も動けなくなってしまいました。
 
 
  そのころ…
「いて〜           いて〜」
地面の中で、モグラは涙を流しながら痛む鼻をなでていました。
最近はいいことがなにひとつありません。だいすきなモグ子には距離を置かれるし、だいじに隠しておいたミミズが誰かに食べられていました。
そしてきわめつけに あの熊です。
むしゃくしゃして地面から顔をだすと、先ほどの熊が広場のどまんなかでのんきに昼寝しているのを見つけました。
「あ あのやろう! ころしてやる!」
モグラは 熊が寝ている広場の真下に潜り、めちゃめちゃに地面を掘りまくります。
すると、地面は熊の重みに耐えられなくなり じょじょに沈みはじめました。
「ざまあみろ!」
熊の頭まですっかり土に沈んだあたりで、モグラは満足し、だいすきなモグ子のところに出かけて行きました。
 
同じころ…
「いて〜          いて〜」
巣穴の中で、アナグマは涙を流しながら痛むしっぽをなめていました。
最近はいいことがなにひとつありません。だいすきなアナグマ子には距離を置かれるし、だいじに隠しておいたカブトムシが誰かに食べられていました。
そしてきわめつけに あの熊です。
むしゃくしゃして巣穴から顔をだすと、先ほどの熊が広場のどまんなか 大きな穴の中でのんきに昼寝しているのを見つけました。
「あ  あのやろう! ころしてやる!」
アナグマは 熊が寝ている大穴のふちまで行き、めちゃめちゃに土をかけまくりました。
すると 熊の姿は土に埋まっていき、じょじょに見えなくなっていきました。
「ざまあみろ!」
熊の背中しか見えなくなったあたりで、アナグマは満足し、だいすきなアナグマ子のところに出かけて行きました。
 
同じころ…
「いて〜       いて〜」
木の上で、キツツキは涙を流しながら痛む頭をふっていました。
最近はいいことがなにひとつありません。だいすきなキツツ子には距離を置かれるし、だいじに隠しておいた山ブドウが誰かに食べられていました。
そしてきわめつけに あの熊です。
むしゃくしゃして地面を見下ろすと、先ほどの熊らしき茶色い背中が広場のどまんなか、大きな穴の中で土をかぶって、のんきに昼寝しているのが見えました。
「あ  あのやろう! ころしてやる!」
キツツキは 寝ている熊の頭の上の木まで飛んで行き、めちゃめちゃに木をゆすりました。
すると、わずかに見えていた熊の背中もみるみる落ち葉に埋まっていき、さらに見えなくなっていきました。
「ざまあみろ!」
熊の姿が落ち葉に覆われ、すっかり見えなくなったあたりで、キツツキは満足し、だいすきなキツツ子のところに出かけて行きました。
 
 
それきりみんな   熊のことなんかすっかり忘れていたのです
 
 
 
 
 
そして 春がやってきました。
 
 
 
ねむりの中で春のにおいをかいだ熊は あたたかくてくらいところで幸せに目をさまし、
しんせつな蟻のおじいさんにいきさつを聞くと、みなを訪ねていって  
せいしんせいい 地面に額をつけ モグラとアナグマとキツツキに 
「ありがとう」
とお礼を言いました。
モグラとアナグマとキツツキは 熊のゆうれいがあらわれた!とたいそう怯え、みんなそれぞれ 地面と巣穴と木の上からしばらく出てこなくなってしまったのですが、
熊は とってもやさしいともだちが三びきできた とたいへん喜び、ぐらぐら山のお母さんに手紙までかいたのでした。
しばらくたってから 熊と三びきはほんとうのなかよしになるのですが、それはまたべつのおはなし
 
 
めでたし めでたし
 
 
 
 
 
 
 
 
備考  むかし