柔らかな土

 南向きの部屋の仏壇で年老いた線香が燃えている。

足先からじんわりと温まっていくような感覚がある。私はいやな汗を掻く。

十年経って、私は自らの欠損に気づく。道路の真ん中で口を開いた亀裂にセメントを流し込んでいる男を見る。
そこに着想を得た私は、三十年経って、欠損を埋める土を探し始める。
柔らかいのがよいだろう。色は白でもなく、赤くもないのが良い。
私はあちこちの地面を掘り返すようになる。
最近楽しそうだが、園芸でも始めたのかい。いつまでも目の焦点が合わない知人が言う。
嫌いなものをすぐに口に出すのは褒められたことではない。これは渋い顔をした上司からの助言だった。私は従わなかった。
 それから土を探し求める間、私は人との触れ合いを絶った。
しだいに他人の体の温度を忘れ、女体のつくりを忘れた。港の在りかを、蛙の育ち方を、死んだ妻を忘れた。
 
構わなかった。
 
九十の事柄を忘れた頃、
ついに私の憎らしい欠損を埋める、柔らかで、灰の色をした、愛おしい土を私は見た。