奇妙なお爺さんは少しずつ宙に浮いているらしい と誰かが言い出した。この(穏やかな)街の中で異様に浮いている奇妙なおじいさんは、時折金色に点滅しているほか どうも文字通り浮かぶこともできるようだった

前述のとおり 奇妙なお爺さんの足跡は辿りやすく 広範囲を移動する 街から出ることは決して無いものの あちこちで点滅しているので 数日に一度は誰もが奇妙なお爺さんを目にしていた

にもかかわらず いつまでもその噂が ”浮いている 「らしい」” 止まりであったのは、奇妙なお爺さんが宙に浮かびだしたと噂される頃から どうにも彼の発する金色の点滅が光量を増しているように感じられたからであった

その点滅の眩しさに誰もが目を瞑ってしまい そして開けたときには奇妙なお爺さんの姿はもうなくなっているので誰もが真実を確かめることが出来ずにいた  

偶然にも ある晴れた朝 サングラスをかけて奇妙なお爺さんの点滅を見かけたお婆さんは(生来の眼病を患っておりそもそもの視力が悪かったので 彼の存在も その浮遊も視認できなかったのだが)

サングラス越しにさえ その尋常ではない光量に驚き 路上でひっくり返って病院に搬送された 検査を終え 病院を出る頃には 生まれて初めて彼女の目は 何の濁りも淀みもなく 鮮明に景色をとらえた  

奇妙なお爺さんは時折 こういった奇妙な奇跡を齎したりもしたし 変わらず駅前で酒を飲み 鳩を見て 急に震え 嘔吐しては徘徊  横になったり 縦になったりして地団駄を踏み 空き缶を威嚇してもいた

 

このように 奇妙なお爺さんの奇妙さ は枚挙にいとまがなく さらに拍車がかかっていた

とはいえ街の人々はそれぞれに忙しいため 彼の一日の行動 生態を全て知る人はいなかったのだが

自分が目にしていない時も奇妙な生活をし 時折金色に光り そして少しだけ宙に浮かんでいるのだろう と誰もが思うようになった そうして夏が過ぎようとしていた

 

 

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 奇妙なお爺さんの足跡は辿りやすい

と前項ではいったものの それはある季節において意味を失くすことをこの街の誰もが知っていた  その季節に限っては 奇妙なお爺さんの道程を辿ることは誰にとっても難しく 急に現れた彼が金色に点滅してから ようやく奇妙なお爺さんだと気づくということも起こりえるのだ

その季節というのも 彼が残す蛞蝓が這ったような湿った跡を洗い流してしまう雨の日  乾かしてしまう暑い日  つまり梅雨と夏のことであり まさしくそれは 私が初めて奇妙なお爺さんに出会った 水中のように滲んだ炎天下のあの日に当てはまるのであった

 

誰にも見えないけれど浮かんでいる

 

奇妙なお爺さんが消えた日のことを話そうと思う。

私は奇妙な夢を見た。夢の中で私は、自室のカーテンを締め切り膝を抱えている すると窓から奇妙な音がする 少しだけカーテンを開けて覗いてみると そこには奇妙なお爺さんがいるのだ  ここは6階なのだが

私は奇妙なお爺さんの姿かたちをはっきり捉えたことがなかったにもかかわらず、それが奇妙なお爺さんだとすぐにわかった  なぜなら彼が金色に点滅していたからだ

奇妙なお爺さんは下に控えていた警官に不法侵入者だと思われたのか 長すぎる刺又で断続的にお尻を攻撃されている けれどもどうやら彼は笑っているようだった

その時 ゴトゴト と玄関ポストに何かが投函された音がして 私がそちらに気を取られた一瞬のあいだに、窓の外の奇妙なお爺さんはふっと消え失せていた

そこで目を覚ました。玄関ポストを確認すると 泥だんごや木の葉っぱ 湿ったチラシなどが詰まっている、その中に金色に点滅する何かなどは当然なかった。

その日に、私の街 この穏やかな街から奇妙なお爺さんはいなくなってしまった。 まだ誰も気づいていないが、確かに消えてしまったのだ。私は奇妙なお爺さんを探しに旅に出るか 否か 考えあぐねている。

梅雨と夏以外の季節に、金色の点滅を探して 湿った跡を辿って 光る方向に進めばきっとそこにいるはずなのだ。もしくは今も彼はこの街にいて、点滅することをやめてしまっただけなのか さらにもしくは、とうとう完全な浮遊を会得して まっすぐこの街の上空 5万キロメートルで宙に浮き 時折金色に光っているのか

私は星の誕生を見たのかもしれないし 暗い部屋で今も私は考えあぐねている

 

 

つづくな